採用できた。しかし、定着にはつながらなかった。
日本の伝統的な紙製品を製造しているある企業では、採用に課題を抱えていた。
特に、中国の取引先とのやり取りができ、なおかつ日本国内の現場でも働ける人材の確保が難しく、長い間採用に苦戦していた。
そこでFirstStepを通じて、あるベトナム人の方を紹介した。
その方は日本語力が高く、中国語も使え、仕事にも主体的で前向きに取り組む人材だった。現在の採用環境を考えると、企業にとって決して簡単に見つかる人材ではなかった。
しかし、勤務開始後しばらくして、ある出来事が起きた。
問題はコミュニケーション能力だけだったのか
取引先とのやり取りの中で、その社員は相手側のルール逸脱や納期対応の遅れに気づいた。責任感を持ち、業務を適切に進めたいという思いから、問題点について率直に指摘した。
振り返ると、その伝え方にはまだ経験不足な部分があり、職場における業務コミュニケーションを調整するには少し強い表現だったかもしれない。ただ、新しく業務を任され、責任を果たそうとする社員にとって、このような経験は決して珍しいものではない。
しかし、このケースの論点はコミュニケーションスキルだけではなかった。
問題は誰か一人の失敗だったのか
業務連絡は主に個人チャット上で行われ、上司や組織による適切な確認や支援体制が十分ではなかった。トラブルが起きた後、取引先からは強い言葉で責められる場面もあった。
その際、会社は状況や経緯を一緒に整理し、今後の対応を考えるよりも、まず本人への指摘や注意に重心が置かれた。
結果として、その社員は単に「自分が悪かった」と感じたわけではなかった。
「問題が起きたとき、自分ひとりで向き合わなければならない」
そう感じてしまった。
最終的に、その方は新生活のために住居契約なども進めていたにもかかわらず、退職を選択した。
この事例は、誰かが完全に正しく、誰かが完全に間違っていたという話ではない。
新入社員には、仕事上の伝え方や関係構築を学ぶ余地がある。一方で、企業側にも、特に言語や商習慣が異なる環境での対外コミュニケーションを、個人任せにしない仕組みづくりが求められる。
実際の現場では、社員が求めているのは、会社が常に自分の味方になることではない。
問題が起きたときに、一緒に状況を整理し、公平に向き合い、解決を支援してくれる存在であることだ。
人を守るとは、かばうことではない
これは日本人社員でも外国人社員でも同じである。
ただ、家族や慣れた環境から離れて働いている人にとっては、その感覚がより大きく影響することもある。
会社は必ずしも「第二の家」である必要はない。
しかし、多くの人にとって職場は一日の大半を過ごす場所であり、安心して働き、力を発揮できる環境を整えることには十分な価値がある。
また、この会社には「始業より30分早く来るべき」という長年の期待値も存在していた。
時間を守ること、準備を大切にすること、仕事への責任感を持つこと自体は価値のある考え方であり、時代が変わったからといってすべてを否定する必要はない。
一方で、その期待が、業務条件として明確に整理されないまま社員評価の基準になっている場合は、一度立ち止まって考える必要がある。
その基準は、本当に人を育て、定着につながっているのか。
長く続いてきたやり方であっても、今の採用環境や働く人の状況に合っているかを見直すことは、組織を弱くすることではなく、むしろこれからも続けていくための調整なのかもしれない。
定着は退職届の日に始まるわけではない
特に語学力が必要で、取引先対応や業務理解も求められる職種では、一人前として機能するまでに長い時間がかかることも少なくない。
実際には、業務に慣れ、周囲との信頼関係ができ、自律的に動けるようになるまで、半年から一年程度かかるケースもある。
採用すること自体が難しい時代だからこそ、受け入れと定着の設計ができていなければ、採用コストだけでなく、教育時間や積み上げた信頼も同時に失われてしまう。
人が辞める原因は、退職届を出した日につくられるわけではない。
- 困ったとき
- 失敗したとき
- 自分の後ろに組織がいると感じられなくなったとき
その積み重ねの先に、退職という選択が生まれることもある。
採用した人材を活かすために必要なのは、評価制度だけではない。
社員が「この会社なら、一緒に問題と向き合ってくれる」と感じられる環境づくりなのかもしれない。