無料の日本語講座を用意すれば、学習は続くのか
前回の記事では、毎月日本語試験を実施しても、その間に継続的な学習がなければ、日本語力の向上にはつながりにくいという事例を紹介しました。
では、企業が無料で学べる機会を用意すれば、状況は変わるのでしょうか。
FirstStepでは、二つの顧客企業で働く外国人社員を対象に、無料の日本語講座を実施したことがあります。受講料は必要なく、学習する機会そのものは用意されていました。
しかし、実際には多くの社員が講座に参加しませんでした。参加した社員も、事前に教材を確認したり、前回の内容を復習したりすることが少なく、学習の効果は限定的でした。
無料で参加できるにもかかわらず、なぜ学習への関心や意欲につながらなかったのでしょうか。
無料であることと、続けやすいことは同じではない
受講料がかからないことには、大きな意味があります。少なくとも、費用を理由に学ぶ機会を諦める必要はなくなります。
一方で、学習に必要なのは費用だけではありません。
講座に参加するには時間を確保し、仕事の後にも集中力を保つ必要があります。授業を理解するためには、事前の準備や復習も必要です。それを一度だけではなく、一定期間続けなければなりません。
つまり、無料の講座は学費という一つの負担を減らすことはできますが、時間や体力、集中力、継続するための負担までなくすものではありません。
講座が用意されていることと、実際に学習を続けられることの間には、まだいくつかの段階があります。
学ぶ機会があり、講座に参加し、事前に準備し、学んだ内容を復習し、実際に使ってみる。その流れが続いて初めて、学習の機会が日本語力の変化につながっていきます。
何のために日本語を学ぶのか
今回のケースを考えるうえで、もう一つ重要なのは、本人にとって日本語を学ぶ目的がどの程度明確だったかという点です。
職場で毎日使う日本語が限られており、現在の業務が一定の言葉だけで進められる場合、今より日本語力を高める必要性を感じにくいことがあります。
もちろん、それだけが講座に参加しなかった理由だと断定することはできません。しかし、学んだ先に何が変わるのかが見えなければ、仕事の後や休日に学習を優先することは簡単ではありません。
- 日本語力が上がることで、担当できる業務が広がるのか。
- 報告や説明を任されるようになるのか。
- 社内での役割や評価に変化があるのか。
- 日本での生活がどのように便利になるのか。
こうしたつながりが本人に伝わっていなければ、無料という条件だけで学習への意欲を引き出すことは難しいのかもしれません。
働く大人には、別の学び方が必要なのか
子どもの学習と、すでに働いている大人の学習は、同じ方法で考えてよいのでしょうか。
働く人には、仕事や家庭、休息の時間があります。学習だけを中心に生活することはできません。そのため、講座を開き、教材を渡し、宿題を出すだけでは、学習が生活の中に定着しない場合があります。
特に大人の学習では、今学んでいる内容が、現在の仕事や生活のどこで使われるのかが見えやすいことも重要です。
たとえば、職場での報告、作業内容の説明、問題が起きたときの相談、社内手続きの理解など、本人が実際に必要としている場面と学習内容がつながれば、学ぶ目的も具体的になります。
反対に、講座の内容と日常業務が離れていれば、授業を受けても使う機会がなく、学習した内容が残りにくくなります。
無料の講座を提供するだけでなく、本人がなぜ学ぶのかを理解し、学んだ内容を使える環境まで考える必要があります。
日本語教育を人材育成とつなげる
外国人社員に長く働いてもらうことを考えるなら、日本語教育を職場の外にある活動として切り離すのではなく、人材育成の一部として考えることも必要です。
そのためには、まず企業側が、どのような日本語力を必要としているのかを明確にしなければなりません。
- 日常会話を増やしたいのか。
- 報告書を書けるようになってほしいのか。
- 顧客への説明を任せたいのか。
- 将来的に後輩の指導ができる人材を育てたいのか。
どのような人材を目指すのかによって、学ぶべき内容は変わります。
また、学習後に新しい業務を任せる機会がなく、役割にも評価にも変化がなければ、本人が学習の意味を感じにくくなることもあります。
日本語力の向上を求めるのであれば、学習内容だけでなく、その力をどこで使い、どのように仕事へつなげるのかまで考える必要があります。
企業が必要とする人材像と、本人が目指す働き方がつながれば、日本語学習も単独の課題ではなく、将来の仕事に向けた準備として捉えやすくなります。
一つの立場だけでは続けられない
今回のケースから、無料の講座に意味がないと結論づけることはできません。
費用の負担をなくし、学ぶ場所を用意することは、重要な支援です。しかし、それだけですべての条件が整うわけではありません。
外国人社員
学習を続けるためには、本人の参加や準備も必要です。
企業
学習する時間や目的を考え、学んだ日本語を使う機会をつくる役割があります。
支援する側
FirstStepのような支援側にも、実際の仕事や生活に合った内容を考え、参加状況を確認しながら方法を調整していく役割があります。
どこか一つの立場だけが努力しても、学習を長く続ける仕組みをつくることは簡単ではありません。
企業、外国人社員、支援する側が、それぞれの状況を確認しながら、同じ方法を一度実施して終わるのではなく、結果を見て少しずつ改善していく必要があります。
無料の日本語講座を用意することは、学習の入口になります。
では、その入口から実際の学習へ進み、長く続けていくためには、企業、外国人社員、支援する側に、どのような協力が必要なのでしょうか。